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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)8359号 判決

原告

共田欽三こと

黄鼎欽

右訴訟代理人弁護士

吉永光夫

被告

株式会社やすり鎌本舗

右訴訟代理人弁護士

谷川哲也

主文

一  被告は、原告に対し、金五十七万円及びこれに対する昭和三十八年十月十二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員並びに昭和三十八年九月十六日から昭和三十九年十月十五日まで毎月二十五日限り一カ月金三万円の割合による金員を支払え。

二  原告の被告に対する特許権侵害の差止め及び損害賠償の請求(旧訴請求)は、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告訴訟代理人は、当初、「一 被告は、特許番号第二三一、四〇九号特許権のやすり鎌と同一の構造を有するやすり鎌を製作、販売又は拡布してはならない。二 被告は、原告に対し昭和三十六年七月十二日からこの判決の確定の日に至るまで一カ月金六万三千円の割合による金員を支払え。三 訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めたが、後に訴を交換的に変更して、主文第一項同旨及び「訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二  被告訴訟代理人は、旧訴に対し「原告の請求は、いずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告の訴の変更に対し、「新訴は、請求の基礎に変更があるものであるから、許されない。」と述べ、新訴に対し、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

旧訴について。

(請求の原因等)

原告訴訟代理人は、旧訴につき、請求の原因等として、次のとおり述べた。

一、原告は、次の特許権の権利者である。

発明の名称 やすり鎌

出  願 昭和三十年八月十九日

出願公告 昭和三十二年一月十八日

登  録 同年四月二十二日

特許番号 第二三一、四〇九号

二、本件特許発明の要旨は、「刃先より背部にかけて断面楔形に形成した鎌主体の該楔形部に刃先より背部に向かつて、ほぼ平行し、かつ、刃先に近く弓状彎曲を持つた切溝を穿設して多数の短冊形細長片を形成し、これらの短冊形細長片の刃先を正面逆L形とし、それぞれその稜状部と刃面を結ぶ線を側面よりみて直線状とし、この直線はすべての刃面を通して鎌主体の側面線と同一平面上にあるようにしたことを特徴とするやすり鎌の構造にある。

三  被告は、昭和三十六年七月十二日設立された会社であるが設立の日以後本件特許発明に係るやすり鎌と同一の構造のやすり鎌を製作、販売して、本件特許権を侵害している。

四  被告は、前記のとおり昭和三十六年七月十二日から本件特許権を侵害することを知りながら、前記の構造のやすり鎌を製作、販売し、これがため、原告は、同日からこの判決の確定の日に至るまで一カ月につき、次のとおりの本件特許発明の実施に対し、通常受けるべき金銭の額に相当する額の損害を蒙つたものであり、また、同額の損害を将来においても蒙ることとなる。すなわち、被告は、設立の日以後、本件やすり鎌を毎月少なくとも三万本製作、販売し、毎月の販売額は金二百十万円(一本当り金七十円)を下らないところ、本件特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額は、その販売価格の三パーセントをもつて相当とするから、原告の蒙り、又は蒙るべき損害額は一カ月につき金六万三千円である。

五  よつて、原告は、被告に対し、本件特許権に基づき前記侵害行為の差止め及び被告の前記不法行為に基づく損害賠償として、昭和三十六年七月十二日からこの判決の確定の日に至るまで一カ月六万三千円の割合による損害金の支払を求める。

六  被告の答弁等第三項の事実のうち、原告が被告の会社の設立とともに本件特許権を被告会社に、無償譲渡する旨を約したこと及び被告会社が本件特許権につき実施権を有することは否認するが、その余は認める。

七  被告の答弁等第四項の事実は、認める。

(答弁等)

被告訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。

一  原告主張の第一、第二項の事実は、認める。

二、同第三、第四項の事実のうち、被告会社が原告主張の日に設立され、設立の日以後、原告主張の構造のやすり鎌を製作販売していることは、認めるが、その余は否認する。

三、被告は、本件特許発明に係るやすり鎌の製作、販売のための通常実施権を有するものである。すなわち、被告会社は、本件特許発明を実施するため原告及び鈴木秋太郎等を発起人として設立されたものであり、原告はその際、被告会社の設立とともに本件特許権を被告会社に無償譲渡することを約したものであるから、その移転登録は未了であるが、余上の経緯から、被告は本件特許発明について実施権を有するものである。

四  仮に、前項の主張が理由がないとしても、昭和三十七年十月十六日、原被告間に原告が新訴の請求原因等第一項において主張するとおりの内容の和解契約が成立し、原告は本件についての各請求権を放棄したものであるから、原告の本訴請求は、いずれも理由がない。

新訴について。

(請求の原因等)

原告訴訟代理人は、新訴につき、請求の原因として次のとおり述べた。

一  原告は、昭和三十七年六月、旧訴の請求原因等第三項に記載する被告の本件特許権の侵害等を理由に、被告会社及びその代表取締役鈴木秋太郎外関係者三名を東京地方検察庁に告訴したが、同年十月十六日、原告の被告及び鈴木秋太郎両名の代理人吉田実雄との間に、次の内容の和解契約が成立した。

(1) 原告は、被告に対し、昭和三十七年十月十六日から昭和三十九年十月十五日までの二カ年間、本件特許権について通常実施権を許諾すること。

(2) 被告は、原告に対し、実施料として一カ月金三万円を毎月二十五日限り支払うこと。

(3) 原告は、被告が現在原告の建物内で使用中のグラインダー、削り機、焼入炉、モータープレスを鈴木秋太郎に引き渡すこと。

(4) 被告は、原告に対し、昭和三十六年十二月一日から昭和三十七年九月三十日までの十カ月間の本件特許権の実施料として一カ月金三万円の割合による金員を昭和三十八年四月三十日までに支払うこと。

(5) 原告は、被告外四名に対する告訴を取り下げること。

二  原告は、右の約旨に従い、告訴を取り下げたが、被告は約旨に反し、昭和三十六年十二月一日から昭和三十七年九月三十日までの約定実施料合計金三十万円及び昭和三十七年十二月十六日から昭和三十八年九月十五日までの約定実施料合計金二十七万以上合計金五十七万円の支払をせず、また、昭和三十八年九月十六日から昭和三十九年十月十五日までの実施料についても、そのうち履行期の到来した分の支払をしないから、履行期未到来の分についても将来、支払に応じないことは明らかである。

三  よつて、原告は、被告に対し、前記金五十七万円及びこれに対する訴状訂正申立書送達の日の後である昭和三十八年十月十二から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに昭和三十八年九月十日から昭和三十九年十月十五日まで毎月二十五日限り一カ月金三万円の割合による約定実施料の各支払を求める。

四  被告の答弁等第三項の事実のうち、原告が鈴木秋太郎から、被告主張の金員を受領したこと、原告が鈴木秋太郎から被告主張の日に、その主張内容の債権譲渡の通知及び金員支払催告の書面を受け取つたこと、並びに被告が、その主張の日に、その主張のとおりの相殺の意思表示をしたことは認めるが、その余は否認する。

元来前記金員は、貸金でなく、原告が鈴木から本件特許発明に係るやすり鎌を同人又は被告会社のために試作する対価として受領したものであるから、原告において、その試作を完成した以上、これが返還の義務はない。

五  仮に、前記金員が貸金であるとしても、前記の和解契約に記載のグラインダー、削り機、焼入炉及びモータープレスは右貸金によつて購入したものであり、右和解契約においてこれを鈴木に引き渡す旨定めたのは右金員の代物弁済の趣旨であるところ、原告は、これを被告に引き渡し、弁済した。

六  仮に、前項の主張が理由がないとしても、前記和解に当たり被告及び鈴木秋太郎は、紛争を全面的に解決するため、右金員の請求権を放棄して、前記の和解契約の成立となつたものであるから、被告の主張は理由がない。

(答弁等)

被告訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。

一  原告主張の第一項の事実のうち、原告と鈴木との間に和解契約が成立したことは否認するが、その余は認める。

二  同第二項の事実のうち、原告が告訴を取り下げたことは認める。

三  鈴木秋太郎は、原告に対し、昭和三十四年十二月十八日に金三十万円、昭和三十五年八月一日に金十四万五千円、同年九月十二日に金二十六万円、同年十二月三日に金五万円を貸し付けたが、鈴木は昭和三十七年十月一日、この債権額合計金七十五万五千円を被告に譲渡し、右債権譲渡並びに書面送達後三日以内に被告に右債権を支払うべき旨の催告を昭和三十八年十月八日到達の内容証明郵便で原告に通知した。

しかして、被告は本訴(昭和三十八年十月十二日午前十時の本件口頭弁論期日)において、原告に対し、右金七十五万五千円及びこれに対する前記催告の日の翌日である昭和三十八年十月九日から支払ずみまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金債権をもつて原告の本訴請求金額と対当額で相殺する旨の意思表示をした。したがつて、原告の請求は、失当である。

四  原告主張の第五項の事実のうち、原告主張の物件を鈴木へ引き渡すべき旨を定めた和解契約条項が、本件貸金の代物弁済の趣旨であることは否認する。

五  同第六項の事実は、否認する。

第三  証拠関係 ≪省略≫

理由

(訴の変更の許否について)

一、まず、原告の訴の変更が許されるべきものであるかどうかについて審究するに、原告の主張するところによれば本件における旧訴の請求原因は、被告が本件特許発明に係るやすり鎌と同一構造のやすり鎌を製作、販売して、原告の有する本件特許権を侵害していることを理由に、右侵害行為の差止め及び侵害による損害賠償として、昭和三十六年七月十二日からこの判決の確定の日に至るまで一カ月につき金六万三千円の割合による損害金の支払を求めるものであり、新訴の請求原因は、昭和三十七年十月十六日(本訴提起の日であることは、記録に徴し明らかである。)、原告と被告外一名間に、原告は被告に対し同日から昭和三十九年十月十五日までの二カ年間本件特許権についての実施権を許諾し、その実施料は一カ月三万円、毎月二十五日限り支払とするほか、被告は原告に対し、昭和三十六年十二月分から昭和三十七年九月分までの既往の実施料として一カ月につき金三万円の割合による金員を昭和三十八年四月末日までに支払うこと等を内容とする私法上の和解契約が成立したことを理由に、右の和解契約に基づき、昭和三十六年十二月一日から昭和三十七年九月三十日までの約定実施料合計金三十万円及び昭和三十七年十二月十六日から昭和三十八年九月十五日までの約定実施料合計金二十七万円、以上合計金五十七万円及びこれに対する訴状訂正申立書送達の日の後である昭和三十八年十月十二日から支払ずみに至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに昭和三十八年九月十六日から昭和三十九年十月十五日まで毎月二十五日限り一カ月金三万円の割合による約定実施料の各支払を求めるというのであるから、両訴はその請求原因を全く異にするものではあるが、予備的にのみ主張しうる関係にあり、結局は同一の経済的事実関係に基因するものに外ならず、したがつて、請求の基礎に変更がないものというべく、かつ本件は変更により著しく訴訟手続を遅延させるものでもないから、許容されるべきものである。

(旧訴について)

二、被告は原告の旧訴の取下に同意しないから、旧訴について判断するに、原告が本件特許権の権利者であること及び被告が原告主張の日からその主張のとおり、本件特許発明に係るやすり鎌と同一構造のやすり鎌を製作、販売していることは、被告においてこれを認めて争わないところ、仮に被告の右行為が本件特許権を侵害するものであるとして、原告と被告の代理人吉田実雄との間に、昭和三十七年十月十六日、原告が新訴の請求原因等第一項において主張するとおりの内容の和解契約が成立し、その際原告において被告の本件特許権侵害の差止め及び右侵害に基づく損害賠償の各請求を放棄したことは、原告の認めて争わないところであるから、原告の旧訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも失当といわざるをえない。

(新訴請求について)

三、次に原告の新訴請求について判断する。

(一)  原告がその主張の理由で、被告及び被告の代表取締役鈴木秋太郎外三名を東京地方検察庁に告訴したことは当事者間に争いがなく、(証拠―省略)を総合すると、昭和三十七年十月十六日、東京地方検察庁で原告と被告及び鈴木秋太郎の両名の代理人吉田実雄との間に原告主張内容の和解契約が成立したことを認めることができ(叙上の事実のうち、原告と被告との間に原告主張の日にその主張内容の和解契約が成立したことは、前示のとおり当事者間に争いがない。)、(中略)他に右認定を覆すに足る証拠はない。なお、前掲甲第二号証の一(「特許実施契約書」と題する書面)及び二(委任状)の各記載によれば、前記和解契約書には、原告と被告会社の代理人としての吉田実雄の署名押印のみが存し、したがつてこの和解契約は原告と被告との間に締結されたもので鈴木秋太郎個人としては、右契約に全く関与していないか見えないでもないが、前提証人(省略)の証言によれば、吉田実雄は鈴木秋太郎からも代理権限を授与されており、被告と鈴木秋太郎の両名の代理人としての資格で終始原告との和解交渉に関与し、本件解契約を締結するに至つたことが認められる(中略)から、前換甲第二号証の一、二の記載は、前段認定を妨げるものではない。

(二)  よつて被告の相殺の抗弁について判断するに、原告が鈴木秋太郎から被告主張の各日に、その主張の金員を受領したことは当事者間に争いがなく、この事実に(証拠―省略)を総合すると、右各金員は、鈴木から貸金として原告に交付されたものであることが認められ、(中略)他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(三)  原告は、右貸金債権合計金七十五万五千円については、前記和解契約において代物弁済の約定がされ、その約定に基づき代物弁済した旨主張するが、右代物弁済の約定のあつたことを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用することはできない。

(四)  次に原告は右債権は鈴木が前記和解契約に当たり放棄した旨主張するところ、(証拠―省略)を総合すると、前記和解契約に当たり、鈴木秋太郎の代理人吉田実雄において前記貸金債権金七十五万五千円を放棄して右和解契約を締結したことを認めることができ、(中略)他に右認定を覆すに足る証拠はないから、この点に関する原告の主張は理由があるものというべく、被告の相殺の抗弁は採用の限りではない。

(五)  したがつて被告は原告に対し昭和三十六年十二月一日から昭和三十七年九月三十日までの約定実施料合計金三十万円及び昭和三十七年十二月十六日から昭和三十八年九月十五日までの約定実施料合計金二十七万円、以上合計金五十七万円及びこれに対する原告の昭和三十八年九月六日付訴状訂正申立書が被告に送達された日の後であること記録上明らかな昭和三十八年十月十二日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに昭和三十八年九月十六日から昭和三十九年十月十五日まで毎月二十五日限り一カ月金三万円の割合による約定実施料をそれぞれ支払うべき義務あるものというべきである(なお、昭和三十九年五月一日以降の分については履行期未到来ではあるが、既往の分について履行のない以上、将来の分についても予めこれを求める必要性があるものということができる。)

(むすび)

四、余上のとおり、原告の旧訴請求は理由がないものといわざるをえないから、いずれもこれを棄却し、新訴請求は理由があるものということができるから、これを全部認容することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十二条、第八十九条を、仮執行の宣言について同法第百九十六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。(判長裁判官三宅正雄 裁判官武居二郎 佐久間重吉)

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